Happy Birthday!

日付が変わる、深夜0時。
シンデレラの魔法もとけて、私はドすっぴんにメガネ。もう多分5年くらい着てるジェラートピケで申し訳ない程度の女の子らしさを維持出来ているくらいのビジュアルだ。

それなのに、それなのに!

「やっほー!名前ヌナ、お誕生日おめでとう〜直接お祝いしたくて来たよん♡」

こんな時間になるインターホンを怪しみながら取ると、愛しの彼氏・ナジェミンがそこにいた。
エントランスのカメラ越しに見てもテンションが高い。ああ、今日(昨日)ヘチャンたちと飲みに行くとかなんとか言ってたかも。とは言えナナちゃんはゲコなのでその場の空気に酔ってるだけだけど。
ありがとう、とか適当に言って追い返そうとしたものの、『プレゼントもあるんだけど?』と言われたら通すしか無いじゃないか。ポストに入れて置いて、と言えるほど非常な人間じゃない自分の温さが憎い。

どうしよう。とりあえず服装はどうにかしなきゃ。顔は?もはやパックでもして隠すのもアリか?
脳内をコンマ1秒で駆け抜ける焦りにせっかくリラックスタイムで落ちていた心拍数も急上昇だ。
大体エントランスから私の部屋まで1分弱。
その間にどうにか彼氏に見せれる“面”を作らねばならない。
そもそも今日が自分の誕生日だったことすら忘れてたのに、彼氏が突然訪ねて来るなんて想定できるはずない。
取り敢えず付けていたヘアバンドをかなぐり捨ててハイスピードで髪を梳かすまでした所で、無情なベルの音が鳴った。

「はーい。ごめん、あと5分玄関で待てる?」
「え〜?寒いから入れて欲しいなあ?」
「部屋汚いから!ごめん!」

なんとか着替える時間だけは確保した。この際顔はどうでもいい。この前奮発したアートメイクがこんなところで役に立つとは。過去の自分に感謝してもし切れない。

「ごめんごめん。どうぞ。」
「あー寒かった。」
「そりゃそうだよ、態々こんな時間に。風邪引かないでね?」
「ヌナがこれから温めてくれたら引かないと思うけど?」

満面の笑みでほっぺをつんつんするのをやめてください。

「ところでヌナ。今日何しに来たか分かる?」
「誕生日祝いじゃないの?」

残念〜不正解!と言いつつ勝手に部屋に上がってくるジェミン。
こういう時年下の旨みを使って来るのが憎らしいけど、結局私も許しちゃうんだよなあ。

「ヌナのすっぴん見に来た♡」
「は?」

あとヌナの汚い部屋と部屋着姿かな?なんて楽しげに、まるでレストランのメニューを言うみたいなテンションで言うものだから何秒か現実の発言が理解できなかった。

「……何か特殊な性癖をお持ちで?」
「違う!いつも名前ヌナ綺麗だしちゃんとしてるからダメなとこ見たいなと思って〜。」

いつもナナのために頑張ってくれてるでしょ?と首を傾げる彼氏が出来すぎていて怖い。
彼氏に弱みを見せられないわたし自身の問題でもあるので別にジェミンのために頑張っている訳でもないのだ。今だって必死にとり繕える場所はなかったか頭をフル回転させ、ジェミンの行く先の室内干しした洗濯物を何気なく移動させてみたりリビングに脱ぎ捨てた部屋着をこっそり寝室に投げたりしている。

「ヌナのこと俺に甘やかさせてよ。」
「いやでも年下にお世話されるのは抵抗あるよ……さすがのナナちゃんでも。」

そう言うとジェミンの目が変わるのが分かった。地雷を踏んだようで、私より大きいジェミンに壁まで追い詰められる。
目の前にある良すぎる顔にまっくろな瞳が目に毒だ。

「じゃあ名前ヌナは何時になったら俺の事頼ってくれる訳?」

さっきまで甘かった空気に、少しの棘が含まれる。

「今だって十分、」
「居てくれるだけでありがたい、はもう10回聞いたからね。」

そう。この手の質問は初めてのことではない。脳裏に弟チソンの『ジェミニヒョンはお世話好き』が蘇るも、ここまでグイグイだとは思っていなかったのだ。

「ね?誕生日なんだからいいでしょ。」

メイクしてるかと思ったけど、近くで見ると唇も目元もヌナのままだね、かわいい。すっぴんだとチソンアと似てるね。

壁に私を押し付けたまま、親指で唇をふにふにしてみたり目元をなぞってみたり。観察対象か何かになったみたいな気分だし、あまりの距離の近さに動悸がする。
いつの間にか緩く括った髪も解かれて、今まで浴びたことの無いくらいの褒め言葉を浴びせられた。恥ずかしくて、ほっぺたが熱くて逆上せたみたいだ。

「ね、ヌナはそのままが1番かわいいからね。いつもの頑張ってるのも好きだけど。」

キスしていい?という同意を求めない質問に、私はコクコクと頷くことしか出来ない。
ヌナなのに、リードするのは私だと……思ってなかったか、最初から。ジェミンは昔からモテモテだったもんなあ。
こんなにずっと続くキスは初めてで、息継ぎの隙間もいつの間にか見失ってしまって苦しい。

「ちょ、もう……」
「ごめんね。苦しかったよね。でも困ってるヌナかわいいから。」
「そんなの、」
「ほら、今も真っ赤でかわいい。ずっと俺にしか見せないで。」

この間に髪をくるくるしたり、おでこを合わせてきたり。遂には私の足の間に長いおみ足を差し込むまでをこなすジェミンの慣れが恐ろしい。小さい時から見てきたはずなのに、いつの間にかこんなふうに育っていた。
あどけなかったはずなのに、目の前の彼はもう男の人で。
長くて骨ばった指に、気付いたら越されていた背丈に、広い背中。
ドキドキしない訳、ないじゃないか。

「ナナちゃん。」
「ジェミン。ジェミンがいい。」
「……ジェミン、」

よく出来ました、と軽く口付ける君に、いつか追い越して来た君に、また追いつける日は来るのだろうか。

「ね、今日はこのまま一緒に寝るよね?」
「む、無理!下着かわいくないし。」
「ナナ、一緒に寝るとしか言ってないけど。ヌナ変態。」
「くっ、年上をからかうな!」